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最近、韓国はデモが続いています。韓国ではデモが起こることは珍しいことではなく、これまでも大規模なデモによって何度も社会が動いてきました。韓国憲法第21条によって、言論·出版の自由、集会·結社の自由は認められていますが、最近のデモはそのユニークさで注目を集めています。本記事では近年のデモとその面白さについてご紹介したいと思います。
画像①
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は2024年12月3日夜、「戒厳令」を宣布しました。戒厳令とは、行政や司法を軍が掌握し、国民の言論や集会の自由などの基本的人権を制限することができるものです。過去に宣布された戒厳令は、民主化を求める国民を力で抑えつける手段とされていました。今回の宣言は軍事独裁時代以来、45年ぶりに起こった事です。これを受け、国会議員が深夜に国会に駆けつけ、大勢の国民が国会議事堂の前に集まり軍に立ち向かうなど異例の事態となりました。4日未明に解除要求決議案が可決されたことで、戒厳令は6時間ほどで解除されたものの、全国各地で大統領の退陣を求める抗議デモが連日行われました。その結果12月14日に弾劾訴追案が国会で可決され、大統領は職務停止に。大統領職務は大統領権限代行が行います。憲法裁判所が尹大統領の弾劾審判を開始した今でも、最後まで気を緩めず大統領の退陣を求める大規模な集会は続いています。
画像②
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2024年12月3日夜に起こった戒厳令のきっかけやデモについて説明しましたが、実際行われているデモは重苦しい雰囲気ではありません。例えば、今でも毎週土曜日に行われている退陣デモでは、大音量で流れるガールズグループaespaの「Whiplash」やBLACKPINKのロゼの「Apt.」など有名な曲に合わせて、大勢の若者たちが「弾劾!弾劾!」とシュプレヒコールを叫び、コンサートで使うペンライトを振る光景が見られます(画像②)。中には「弾劾」という文字や怒った顔で飾られているペンライトも(画像③・④)。彼らが叫んでいるのはデモのシュプレヒコールではなく、まるでコンサートの掛け声のよう。何十年も歌われてきたプロテストソングもありますが、若者なら誰もが知っている曲を流すことで、深刻すぎず、気軽に楽しく参加できるムードになっています。また、12月14日の大統領の弾劾訴追案が国会で可決された瞬間、国会前の集会では少女時代の「Into the New World」が鳴り響きました。「この世の中で繰り返される悲しみに今さようなら」という歌詞が、新しい社会を迎える気持ちにピッタリなので、デモでよく使われているようです。
左:画像⑤ 火炎瓶LEDライト
中央:画像⑥ 光るおもちゃの刀
右:画像⑦ マインクラフトのたいまつライト
画像⑧ 国会議事堂前(2024年12月7日)
それではなぜライトが近年のデモのアイテムになったのでしょうか。2016年、朴槿恵前大統領の退陣を求めるデモで、人びとは平和の象徴としてろうそくを持って集まりました。与党議員はデモの様子を見て「風が吹けばろうそくは消える」と発言。これを受けて、人々はろうそくの代わりに長く光り続けるLEDろうそくやペンライトなどを代用し、「国民の声は消せない」ことを表現したのです。それから8年経った今では、K-POPの強い影響からペンライトが普及し、様々な形のペンライトがデモに登場!他にも光るアイテムがたくさんあります。仕事場で使う作業用ランタンや火炎瓶の形のLEDライト(画像⑤)、怒りを表す光るおもちゃの刀(画像⑥)、マインクラフト(ビデオゲーム)に登場するたいまつライト(画像⑦)、国会議事堂の形のライトからクリスマスツリーのLED電飾を全身に巻いた人まで!
日没後、街は色んな光で溢れました。(画像⑧)個人の思いをライトを通じて表現している姿は、イベント並みの盛り上がりですよね!
左上:画像⑨ 民主化運動青年連合同志会
右上:画像⑩ 「労働基準法を守れ」
左下:画像⑪ 全国カピバラ愛好家協会
右下:画像⑫ 猫写真強盗団
左上:画像⑬ 炎の男 三井寿‐SLAM DUNK(井上雄彦)
中央上:画像⑭ 喝! 覇!‐華山帰還(ビガ)
右上:画像⑮ 僕たちは絶対に道を失わず、まっすぐ歩いていく‐Together(SEVENTEEN)
左下:画像⑯ 怒りを歌え、民衆よ‐イリアス(ホメロス)
中央下:画像⑰ 全国民主猫組合総連盟
右下:画像⑱ みかん包装学科同窓会
デモのアイテムとしては、旗もよく見かけます。旗は通常、広場や建物の前に掲げられることが多く、団体のシンボルや名称を表すものとされていますよね。他にも、1970年代の学生運動を主導した青年たちが設立した民衆運動団体(画像⑨)や労働運動家(画像⑩)、性的少数者の親の会など、何かを訴える意味を持つ旗が多く存在します。しかし、デモにおいて旗は様々な役割をしているのです。例えば、2016年のデモでは、デモの参加者がお金で動員されたという憶測に対抗するために、自主性を強調する必要がありました。そのため、架空の団体名や、好きな言葉を書いたユーモアあふれる旗で自分たちの存在を表現する文化が出来たのです。
例えば、動物愛好家の旗では、カピバラ(画像⑪)や猫(画像⑫)など実在する動物や、ユニコーンなど架空の動物までたくさんあります。また、特に多いのは小説・漫画に関する旗です。韓国でも年齢問わず大人気の漫画「SLAM DUNK」。登場人物「三井寿」の名前を大きく書いた光るLED旗はとても人気で、三井寿の名前を連呼する人もいるくらいです(画像⑬)。武侠小説「華山帰還」に登場する台詞や団体名を書いた旗もあります(画像⑭)。ボーイズグループSEVENTEENの曲の1フレーズを書いた旗(画像⑮)や、古代ギリシアの叙事詩の冒頭を書いた旗(画像⑯)まで、それぞれ自分が好きな作品から「今」に相応しいと思う部分を旗に込めたそうです。また、実在する労働組合のシンボルを猫の顔に変えたり(画像⑰)、地元で有名な農産物で架空の大学の学科名を作ったり(画像⑱、済州島はみかんで有名)、シンプルにユーモアを表現する旗もあります。
今回の大統領退陣デモで、旗の数は回を重ねるたびに増えました。1月25日にはこの旗に注目し、旗手を集めた旗パレードが行われるほど(画像①)!数え切れないほどの旗と、司会が厳かな声で「家で寝てたい連合」など架空の団体名を読み上げるのはユニークなワンシーンでした。デモの内容とは関係のないことでも、大勢の中で自分の存在や個性を示すといった面白い行動ですよね。
画像⑲ 全州旗接遊び
画像⑳ シンガーソングライター「Yozoh」の公演
数々の旗の中でも、目立つ大きい旗があります。それは、 「全州旗接遊び」の旗です。 全州旗接遊びは無形文化遺産として登録されていて、伝統楽器を演奏しながら大旗を回して演じる迫力ある民族芸能です。画像⑲の大旗には「国民が主人だ」と書かれています。旗手は、デモに参加するためにソウルから距離のある全州から来ているそうです。伝統音楽だけでなく、バンドやシンガーソングライターの無償公演も行われます(画像⑳)。ステージでは、公演と交互に今の事態に対しての市民発言が続いています。他にも、牢獄に入った尹大統領を表現した作品を展示する人や、洋服で自己主張する人など、主張方法も様々です。韓国の国旗「太極旗」をマントにしている人、「罷免」「弾劾」などの文字を帽子につけている人まで自由に表現しています。また、海外居住や体調不良など、様々な理由でデモに参加できない人は、画像㉑のようにキッチンカーを作りコーヒーやトッポキ、フライドポテトを無償で配布する取り組みも見られました。
このデモは全国1,719の労働・市民社会団体が集まって活動する連帯体「尹錫悦即刻退陣・社会大改革 非常行動」が主催し寄付金とボランティアで運営されています。お祭りムードでも、デモはデモ。尹大統領を支持する過激派のデモもあるので、注意が必要です。弾劾審判は早ければ2025年3月までに結果が出るとの予測もあるので、一日でも早く事態が収まればいいなと感じています。
画像㉑ キッチンカーZONE
引用元
画像①~⑦ 撮影
画像⑧ https://h21.hani.co.kr/arti/society/society_general/56519.html
画像⑨~⑲ 撮影
画像⑳ https://www.youtube.com/watch?v=KXJnczfQwDM
画像㉑ 撮影