ブランドは集約されつつある

大きく成長した企業も、そのきっかけは一つの商品であることが少なくありません。味の素、ヤクルトなどは、創業以来または成長期まで牽引した商品/サービスが強いブランドとなって、コーポレートブランドとしても機能しています。これはブランドが出所表示機能として識別性があるだけでなく、強い商品/サービスブランドから期待される品質感や安心感などを、他の商品/サービスにも波及させる「アンブレラブランド」としての効果があるからです。近年、富士重工は乗用車の事業ブランドであったスバルブランドをコーポレートブランドとしてリブランディングし、楽天も様々なサービスを順次楽天ブランドに転換し、強いブランドをコーポレートブランドとして活用しています。インターネットの誕生以降、流通する情報量が飛躍的に増大し、ブランドコミュニケーションへの労力や費用が上がったことにより、複数のブランドを展開するハードルが上がったため、効率の良いブランドコミュニケーションを志向する流れがこの背景にあると考えられます。

家電メーカーのダイソンは、「吸引力が落ちない唯一の掃除機」で有名な企業です。仮に、ダイソンと大手総合家電メーカーのそれぞれのロゴが付された冷蔵庫があるとします。総合家電メーカーの製品にはその歴史や企業規模からくる安心感があるものの、ダイソンの製品には「なにか特別な機能があるのではないか」「全く新しい技術が使われているのではないか」と、魅力を感じるのではないでしょうか。これは、ダイソンが「限られた製品カテゴリー」で「先進的な製品」を展開する、というブランドイメージを持つからです。
ブランドには、認知度に由来する有名性だけではなく、期待を抱かせる提供価値も重要であり、範囲が特定・限定されている方が強いイメージを保持しやすいケースもあります。

拡張していく事業範囲とブランドの統一感

交通インフラ企業の大手であるA社は、創業以来のインフラサービスブランドを運営しています。近年ではこのインフラサービスブランドを中心に、交通インフラに関連するその他事業にもサービス範囲を広げ、海外にも積極的に進出しており、拡大を続ける事業内容にあわせて、ブランドの強化を必要としていました。

中核であるインフラサービスブランドはその知名度の高さゆえに、顧客への各種サービスコミュニケーションから採用や株式市場等へのコーポレート・コミュニケーションにまで活用され、コミュニケーション円滑化の役割を担っていました。
しかし、このブランドとはなにか?創業当初からあるインフラサービス事業のブランドなのか、展開が続く新たなインフラサービス群のブランドなのか、それらすべてを包括する企業ブランドなのか。この定義(ブランドコンセプト)が明確ではなかったため、ブランドの活用ルールが定められておらず、ブランド名やブランドロゴが多種多様に派生して、強い統一感を生み出すまでには至っていませんでした。

ブランドのコンセプトを定義

このインフラサービスブランドをどのように定義するかを決める際に、大きく2つの可能性をスタディしました。1つは、コーポレートブランドとして、企業活動すべてを包括するパターン。最も認知度のあるブランドに統一され、それを最大限活かすことでコミュニケーションコストが抑えられ、運用面でもシンプルで扱いやすくなります。もう1つは、コーポレートブランドを確立し、サービスブランドを一定範囲のサービスを括る事業ブランドとして強化するパターン。こちらのメリットは、サービスブランドの事業範囲が特定されるため特徴を打ち出しやすく、また並行してこれ以外のブランド運営が容易になります。検討の結果、海外展開も含めて今後の様々な事業展開に有利で、最も大切なブランドを強化できる後者のパターンでリブランディングを実施することになりました。

“象徴性”と“機能性”

私たちは手始めにコーポレートブランドの整理と強化から実施しました。企業名は創業から大切にしてきたものであり、これまでの企業活動で周知してきた資産でもあるためそのまま活用。一方で、既存の企業理念はインフラサービスブランドで展開済みの事業内容を指していたので、将来的なさらなる事業拡大の可能性に対応するため新たに企業理念を開発し、併せてコミュニケーション用にコーポレートスローガンも設定しました。コーポレートブランドはそれまでロゴタイプでのみ表示されてきましたが、より象徴性を強めるためシンボルマークを新たに開発。企業名以外は改良を加える大きなリブランディングとなりました。

サービスブランドは非常に多くの生活者にすでに馴染みのあるブランドであったため、“変化”ではなく、“効率的な機能”を求めたリブランディングを目指しました。サービスブランドの定義としてブランドコンセプトを設定し、包括するサービス群を明確化。また個々のサービス名は「ブランド名+一般名称」のように、固有名称をブランド名のみとするネーミングルールを設定して、ブランドを一点に集中させる構造にしました。ロゴマークは、もともと創業以来のインフラサービスの看板に由来したものであったため、拡大したインフラサービスの様々なタッチポイントで柔軟に活用できるものとし、不要なデザイン要素を削ぎ落として、シンプルでモダンな力強いものを採用しました。

強いブランドの構造化

現在の情報環境においては、コミュニケーションの起点となるブランドは集約されていないと効率は悪くなってしまいます。一方で、すべてを包括するブランドというものも、ブランドが約束し、ブランドから感じ取る提供価値が漠然としたものとなり、結果として良いコミュニケーションになりづらくなってしまいます。絶対的な答えのない問題ですが、企業理念・事業戦略から一貫したブランド展開を検討し、知名度だけでなく意味や提供価値も考慮してブランドを構造化することにより、自社の強いブランドを活かしたブランド展開が可能となっていくのです。